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テレビ

井上怜奈とジョン・ボルドウィンの今現在と経歴。氷上のプロポーズ感動的なストーリーでCMとは?

更新日:

2019年4月3日(水)19:00~20:54「衝撃のアノ人に会ってみた!レギュラー決定SP」で氷上のプロポーズでCMに!!という話が放送されます。

 

皆さん、氷上でプロポーズを知っていますか??

 

そう、フィギュアスケートのペアの2人!!

 

井上怜奈さんとジョン・ボルドウィンさんです!!

 

今回は、この2人について井上怜奈さんの今現在やプロフィール・経歴とジョン・ボルドウィンさんのプロフィール・経歴や壮絶でまた感動的なストーリーそして氷上のプロポーズのCMについて調べていきたいと思います。

 

 

 

 

 

井上怜奈さんのプロフィール・経歴

参照:Yahoo!

  • プロフィール

井上 怜奈(いのうえ れな)

代表国

日本

アメリカ

生年月日

1976年10月17日

出生地

兵庫県西宮市

学歴

早稲田大学卒業

身長

149cm

パートナー

ジョン・ボルドウィン

所属クラブ

オール・イヤーFSC

引退

2010年

 

元フィギュアスケート選手です。

夫は、パートナーでもあるジョン・ボルドウィンさん。

 

井上怜奈さんは早稲田大学出身ということで頭もいいそうです。

基本的にスポーツが出来る人は頭もいいのかもしれませんね。

努力するのが身についているからですかね。

 

 

  • 経歴

1990年、中学1年生のときに小山朋昭とペアを組み、世界ジュニア選手権にペア代表で初出場し15位入り。アルベールビルオリンピックの日本ペア代表を獲得。

 

1992年、中学3年生のときにアルベールビルオリンピックには、小山とのペアで冬季オリンピック初出場を果たす。

 

井上の膝の故障により、小山とのペアを解消。

 

1994年、高校2年生のときにリレハンメルオリンピックには、女子シングル代表で目指した。

同年1月に行われた国内選考会の第62回全日本フィギュアスケート選手権は、総合で2位。冬季オリンピック出場を果たした。オリンピック本番はジャンプを失敗するミスが響き、総合18位。

 

1995年の第63回全日本選手権でショートプログラム 2位

 

再びペア選手として活動。

 

2000年~2001年シーズンから練習拠点をアメリカに移し、ジョン・ボルドウィンと組んで活動。

 

2004年の全米選手権 優勝

 

2005年9月28日にアメリカ合衆国の市民権を獲得し、日本国籍を離脱してアメリカ国籍となる。

 

2005~2006年シーズン、ジョン・ボルドウィンと恋人同士になる。

ペアで全米選手権、2006年四大陸選手権 優勝。

 

トリノオリンピックへはアメリカ代表として選出され自身3回目のオリンピック出場。

トリノオリンピックは、総合7位入賞に留まった。

 

2006年世界選手権 4位入賞。

同年10月GPシリーズスケートアメリカ 優勝

 

2007年世界選手権で一旦アマチュア引退を発表したが、その後引退を撤回し現役続行を宣言。

 

2008年全米選手権で復帰を果たし2位。

このときフリースケーティングの演技終了後には氷上でパートナーのジョン・ボルドウィンからプロポーズを受け、「氷上のプロポーズ」として大きな話題となった。返事は、「Yes」。

 

2009年~2010年、バンクーバーオリンピックの代表を逃したことから競技での引退を表明した。

 

2011年10月31日、女児を出産。

2015年8月、女児を出産。

 

 

ジョン・ボルドウィンさんのプロフィール・経歴

参照:Yahoo!

  • プロフィール

ジョン・ボルドウィン

代表国

アメリカ合衆国

生年月日

1973年10月18日

出生地

テキサス州ダラス

身長1

175cm

パートナー

井上怜奈

所属クラブ

オール・イヤーFSC

引退

2010年

 

2歳のころからスケートを始められたそうです。

当初は男子シングル選手として活躍していたそうです。

 

 

  • 経歴

1986年~1987年シーズン、全米選手権ノービスクラス 優勝

 

1989年~1990年シーズン、世界ジュニアフィギュアスケート選手権男子シングル 銅メダル

 

1990年~1991年シーズンの全米選手権ジュニアクラスを制した。

 

1999年~2000年シーズンまで男子シングルの選手として活動。

 

2000年~2001年シーズンより日本から移籍した井上怜奈とペアを組む。

 

翌シーズンは四大陸フィギュアスケート選手権に出場。

 

2004年全米選手権 優勝

 

2005年~2006年シーズン、全米選手権で二度目の優勝。

 

2006年、四大陸フィギュアスケート選手権も制した。

 

初出場の2006年トリノオリンピックでは、総合7位。

 

2007年3月の世界選手権の後にいったんアマチュア引退を発表したものの翌シーズン開始後に撤回。

 

2008年全米選手権に出場 総合2位

フリースケーティングの演技終了後、ジョン・ボルドウィンはパートナーの井上玲奈に氷上でプロポーズ。

 

2010年1月、全米選手権 3位

バンクーバーオリンピック代表には届かず、井上怜奈とともに引退を宣言。

 

今現在は、フィギュアスケートを辞めて父親とともに自動車販売業を行っている。

 

 

2人のプロフィールには、「氷上でプロポーズ」で話題になったとあります。

このことについて調べてみました。

 

 

壮絶で、また感動的なストーリーとは?(動画あり)

 

参照:Yahoo!

 

アメリカ代表としてジョン・ボルドウィンさんとペアを組んで出場した井上怜奈さんの人生は、あまりにも壮絶で、また感動的でもありました。

このストーリーをしたいと思います。

 

1976年に生まれた井上怜奈さんは、小児喘息を患っていたことから父親の意向で4歳からスケートを開始しました。1992年15歳のときにアルベールビルオリンピックにフィギュアスケートのペア部門に小山朋昭さんと組んで出場し、日本人最高位の14位となりました。その後、井上怜奈さんの怪我でペアは解消しました。

 

 

1994年17歳にはリレハンメルオリンピックにフィギュアスケート女子シングルで出場したもののミスを連発してしまい不本意な結果に終わってしまいました。

 

次の長野オリンピックへの出場を目指していた20歳のときに井上怜奈さんのスケートをずっと応援してきてくれた父親が肺がんで亡くなりました。支えを失った井上怜奈さんは力を発揮できずオリンピック出場を逃すという挫折を経験し、しばらくスケートを辞めていました。

 

 

彼女の母親はその時

「もうやめて当然だな」と思ったそうです。

普通の人だったら当然辞めていたでしょう。ところが彼女は違いました。

 

ある日彼女はスケート靴を持って練習に向かいました。スケートを再開した理由を母親はずっと分からなかったのですが、後の2006年トリノオリンピック前のインタビューで

 

「お父さんがいなくなって落ち込んでいるお母さんを元気付けようと思いもう一度始めた。」

 

ということが分かりました。その事をトリノで知った母親は応援に来てるのに、涙で演技が見られなかったそうです。

 

その後井上怜奈さんはペアを求めて渡米したが、22歳のときに自分も父親と同じ肺がんになり、通院による抗がん剤治療を受けながら、強い副作用に苦しみながらもスケートの厳しい練習とアルバイトを続けようと頑張りました。そんなある日、井上怜奈さんは練習中に激しく転倒し、頭蓋骨を骨折し前歯の多くを失い、意識不明に陥るという大怪我を負ってしまいます。それがきっかけで、心的外傷後ストレス(PTSD)も患ってしまいます。更に、その後再び転倒し、卵巣が片方破裂し入院、卵巣摘出手術を受けるというアクシデントも経験しています。

 

抗がん剤のおかげで彼女のガンは約半年で完治しましたが、体調不良やブランクなどからしばらくは不調の日々が続きます。そんな中、井上怜奈さんが23歳のとき、同じく不調だったジョン・ボルドウィンと出会いペアを組みます。

 

2人のペアは最初中々成績を出せなかったが、お互いを尊敬し信じ続けた結果、2004年の全米選手権で優勝、日本国籍を捨てアメリカ国旗を取得し挑んだ2006年トリノオリンピックでは、メダルを狙ったものの7位入賞に終わるが、ペアで五輪史上初めてスロートリプルアクセルを成功させ、エキシビジョンにも参加するなど充実したオリンピックとなりました。

 

その後一時引退を表明するも、2人そろって現役続行を宣言、2008年の全米選手権では演技終了後に公私に渡って良きパートナーであり続けたジョン・ボルドウィンさんがひざまづき、井上怜奈さんの両手を握り

 

「残りの人生を一緒に過ごしたいのは君なんだ。結婚してくれるかい?」

 

とプロポーズをすると、彼女は涙ぐみながら

 

「はい。」

 

と答えました。まるでドラマのような氷上でのプロポーズでした。

彼女の壮絶な人生を知っただけに、涙なくしてはみられません・・・

その動画がこちら!!

 

 

氷上のプロポーズでCMとは?!(動画あり)

 

 

なんと、がん保険で有名な保険会社「アメリカンファミリー」(AFLAC)。

あひるのCMでも知られていますが、アフラックストーリーといいます。

「がん」を経験した方々を紹介するシリーズがありますよね。

それに、

がんになったお父さんがなくなり、そして本人にもがんが見つかる。

アメリカでの闘病生活を経て、そしてスケート選手としての復活。

ジョン・ボルドウィンさんとペアでのアメリカ代表として活躍、

そして、プロポーズ・・・。

 

として、氷上のプロポーズが扱われています。

CMという短い時間ですが、ものすごく感動できるストーリーですので一度見てみてください。

 

そのCMはこちら!!

 

 

まとめ

 

 

CMの

「いい時も、悪い時も、人生を楽しんでいたい。」

このフレーズに泣かされますよね。

 

今回は、フィギュアスケートの井上怜奈さんとジョン・ボルドウィンさんについて

調べましたがいかがだったでしょうか?

 

父親を亡くし、父親と同じ病にかかり、それでもなお「母親に元気付けてやりたい」

とのことで苦しい辛い闘病生活をしながらフィギュアスケート・・・・

本当家族思いの人で、涙がでます。

努力もものすごいですよね。

感動しました。

 

最後までお読み頂きありがとうございました。

 

 

 

 

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